SSLにしてみた。

サーバの借り主であるさくらインターネットさんの無料サービスで、サイトを常時SSL化してみました。
設定そのものはすっごく簡単だったけど、Wordpressのテンプレートデザインが崩れてしまう。というのは、予め想定済み。
要は「http」が「https」に変わるので、テンプレートなどの参照ファイルへのパスも書き換えなくっちゃダメよダメダメ、ってことかなと。
で、それを解消するプラグインもちゃんと用意してくれているので早速インストール&有効化...できません。
何度やっても「重大なエラー」が発生してしまう。オーマイゴッドファーザー降臨。
調べてみたら、PHPのバージョンが古いままだった、っていうオチ。
最新に切り替えたら、あっさり解決。めでたしめでたし。

あらためて、さくらインターネットさんに感謝。

築地とか豊洲とか。

マスコミの方々は、豊洲とか築地とかのニュースって「ローカルニュース」であることを認識すべきでしょう。
だって東京以外の人には、ほとんど関係ない話題ですもの。
私達の税金が使われるわけではないし、移転しようが復活しようが恩恵を受けるわけでもないし。

全国ニュースで大々的に扱うのは、なんか、やだ。

SMAPって。

つれづれ思うんだけど、SMAPって、日本のアイドルの歴史に「SMAP前」と「SMAP後」を作ってしまった、とんでもないグループだったんだなぁ。こういうのを「エポックメイク」って言うんだろうなぁ。

アイドル氷河期に生まれた彼らは、それこそなんでもしなければ生きていけないという、すっごいサバイバルな環境で育たざるを得なかったわけで、新入りのお笑い芸人みたいにカブリモノをかぶったり、リアクション芸人みたいなことをしたり。
逆に、それまでは「出演してセリフを喋っていればそれでいい」(というのは言い過ぎかもしれないけれど)扱いだったアイドルとしての俳優業も、真剣に演技を勉強して研究してちゃんと「演技ができる俳優」としてオファーが来るまでの存在になってしまった。

彼らが見据えていたいのは、きっと「本格派」という評価だったんじゃないかと思う。
それがお笑いだろうとMCだろうと演技だろうと歌だろうとダンスだろうと、とにかく少しでも高いクオリティのパフォーマンスを提供すべく全力を尽くす。
それがつまり「SMAP」という、氷河期を生き延びて太陽の輝く新時代を切り開いたサバイバーなのだ。(というのは、あまりにも褒め過ぎだけど)

平たく言うと、SMAP以前はちょっと本格派を目指そうとしても「アイドルなのに」って色眼鏡で見られてしまって、つまりはアイドルとして求められているものではなかったんだけど、SMAPからあとは「アイドルだからこそ」なんでも一定以上のレベルでできないと評価されなくなってしまった。

そんな、アイドルとしての存在の仕方のハードルを高く上げてしまったSMAPって、やっぱりかっこいいなぁと思う。
それだけに、やっぱ残念だよなぁ、と強く、思う。

​マーティン・スコセッシの『沈黙 -サイレンス-』を観た。

なにぶん原作を読んでいないので迂闊なことは言えないけれど、現代の日本人が見るには、よほど歴史とか切支丹など作品テーマに即した知識がなければ、ちょっと辛いのではないかな、と思ってしまった。つまり、作品を理解するために必要な情報というか、説明が抜けているように思えて仕方ならなかったのだ。
ポイントは二つある。

一つ目は、なぜ切支丹たちはそこまでしてキリスト教を信じなければならなかったのか、という説明。

踏み絵を拒否して切支丹と認定され、拷問で責められ命を取られてもなお、棄教には頑なに応じない。その苦難に対する覚悟の描写こそが、作品のテーマを支える大きな柱となっているのだけれど、ではなぜ彼らはそこまでして切支丹であることに命をかけなければ「ならない」のか。実はその説明が作中ではなされていない。

もちろん、その根底には「強い信仰心」の存在が前提となっているのだろうけれど、実はそれこそが今の日本人には理解しにくい心情なのではないか。少なくとも、その点をスコセッシはわかっていないのではないだろうか、と思えてならない。

西洋のキリスト教の影響下に育った人たちにとって、神への信仰は「あって当たり前」のものであり、だから切支丹たちが「強い信仰心」に殉じていく姿は、おそらくごく自然なシチュエーションなのだろう。が、現代の日本人にはそこをきちんと説明しなければ、感情移入しにくいように思われる。

ただし、この方向で話を進めていくと、「ポア」や「ジハード」(この二つを並べてはいけないのは充分承知している)などのややこしい言葉に向かっていくようにも思えるので、ここではあくまでも疑問提議に留めておく。

二つ目は、逆になぜ幕府はそこまでしてキリスト教を弾圧しなければならなかったのか、という説明。

幕府によるキリスト教に対する禁教令が発せられたという歴史的事項は学校の歴史で習うのだけれど、「なぜ」禁止されたのかを説明できる人は、少ないように思う。

他の国ではキリスト教を隠れ蓑にした侵略行為があったり、あるいは西洋とのコネクションが生まれることによる私的な貿易・交易の発生が危惧されたり、さらには少し前の一向宗や本願寺、比叡山といった「闘争組織としての宗教団体」による反乱の記憶が生々しかったりと、幾つかの理由が複合的に重なり合って禁教令に結びつくのだろうけれど、そのあたりの説明がなされていないので、これも現代の日本人には、さらに言えば日本以外の人にこそ、そのあたりの「徳川幕府の視点に立った恐怖感から生まれた弾圧」であることの説明が必要だったのではないかと思った。

いやしかし、イッセー尾形さんはほんっとうにいい味を出してます。お見事。

風邪かと思いきや...。

2〜3日前から、体調が悪い。
体がだるく、なんとなく熱っぽく、鼻水と、たまにくしゃみも出る。
参った、風邪かよ、と思ったが、なぜか咳が出ない。
待てよ、以前にもこんな気怠い調子になったことがあったような気もするぞ、と、よくよく思い出してみると、思い当たるフシが見つかった。

花粉症だ。

確かに、毎年お正月が明けて少し立つと、体調が悪くなる。
妻の実家への帰省の疲れが出たのかな、とか、逆に食っちゃ寝の毎日からいきなりサラリーマンの日々に戻ったギャップの反動かな、とか、思ってしまうのだが、なんのことはない、花粉症が発症するときの体調変化だった。

参ったなぁ。

アンチゴチではない漫画

 ネットで自主的に公開されてたり、同人で自費出版されてたりする作品でたまに見かける、ネーム(吹き出し内のセリフ)の書体がいわゆる「アンチゴチ」ではなく、すべてアンチック体で作られた漫画が、ごめんなさい、ダメなんだ。

 そもそもアンチゴチなるものが、いつ、誰によって作られ使われ始めたのか、ネットで調べてみても諸説あって、よくわからない。
 さらに、アンチック体のひらがな+ゴシック体の漢字という組み合わせが見やすいか、となると、実はそうでもなかったりする。視認性や可読性で言えば、全部アンチック体あるいは全部ゴシック体でも、それほど変わらないんじゃないかと、個人的には思う。
 それでも、全部アンチック体や全部ゴシック体の吹き出しに違和感を覚えるのは、アンチゴチが漫画のページにおけるひとつの“風景”として眼に焼きついてしまっているから、という、極めて感傷的な暴論を持ち出すしかない。
 逆に言えば、漫画を何十年も読み続けている読者からすれば、アンチゴチではない漫画は漫画ではない、と叫びたくなるくらいの超絶一大初歩的ルールなのだ。

夢で疲れる。

 いや、寓意的な言い回しではなく、文字どおりの意味で。

 ここ一週間ほど“濃い夢”ばかり見る。
 内容なんておぼえてないけれど、やたらリアルだったり筋が入り組んでたり登場人物が多かったり。なんか、すごく疲れる。

 ストレス、溜まってんのかなぁ。