SMAPって。

つれづれ思うんだけど、SMAPって、日本のアイドルの歴史に「SMAP前」と「SMAP後」を作ってしまった、とんでもないグループだったんだなぁ。こういうのを「エポックメイク」って言うんだろうなぁ。

アイドル氷河期に生まれた彼らは、それこそなんでもしなければ生きていけないという、すっごいサバイバルな環境で育たざるを得なかったわけで、新入りのお笑い芸人みたいにカブリモノをかぶったり、リアクション芸人みたいなことをしたり。
逆に、それまでは「出演してセリフを喋っていればそれでいい」(というのは言い過ぎかもしれないけれど)扱いだったアイドルとしての俳優業も、真剣に演技を勉強して研究してちゃんと「演技ができる俳優」としてオファーが来るまでの存在になってしまった。

彼らが見据えていたいのは、きっと「本格派」という評価だったんじゃないかと思う。
それがお笑いだろうとMCだろうと演技だろうと歌だろうとダンスだろうと、とにかく少しでも高いクオリティのパフォーマンスを提供すべく全力を尽くす。
それがつまり「SMAP」という、氷河期を生き延びて太陽の輝く新時代を切り開いたサバイバーなのだ。(というのは、あまりにも褒め過ぎだけど)

平たく言うと、SMAP以前はちょっと本格派を目指そうとしても「アイドルなのに」って色眼鏡で見られてしまって、つまりはアイドルとして求められているものではなかったんだけど、SMAPからあとは「アイドルだからこそ」なんでも一定以上のレベルでできないと評価されなくなってしまった。

そんな、アイドルとしての存在の仕方のハードルを高く上げてしまったSMAPって、やっぱりかっこいいなぁと思う。
それだけに、やっぱ残念だよなぁ、と強く、思う。

夢で疲れる。

 いや、寓意的な言い回しではなく、文字どおりの意味で。

 ここ一週間ほど“濃い夢”ばかり見る。
 内容なんておぼえてないけれど、やたらリアルだったり筋が入り組んでたり登場人物が多かったり。なんか、すごく疲れる。

 ストレス、溜まってんのかなぁ。

○○屋さん

自宅近くに、昔ながらの商店街がある。

数年前までは、いわゆる「シャッター商店街」になりかけの寂れ具合だったが、最近のレトロな雰囲気に寄せられる人気とリノベーションブームのおかげで、多少は息を吹き返しているように見える。

軒を連ねる店の大半を喫茶店や居酒屋、理容室などが占めるのだが、ごく僅かに豆腐屋さんや金物屋さんが古い店構えを残しながら頑張っている。
そんな時にふと思うのは、昔はみんな「○○屋さん」だったよな、ってこと。

小さい頃、実家の近くに市場があって、よく母に連れられて買い物に行った。
市場の中には小さな店が並び、狭いスペースに店主のおっちゃんやおばちゃんがだいたいパイプ椅子に座って、それぞれ品物を売っていた。

並んでいるお店は、お肉屋さん、かしわ屋さん(大阪では鶏肉のことを「かしわ」という)、魚屋さんに八百屋さんに、最近ほとんど耳にしない乾物屋さん。みな「○○屋さん」だった。
それがいつの間にか、「スーパーマーケット」なるものに取って代わられ、小さなお店は姿を消し、スーパーマーケットの中の「コーナー」や「売場」に変わってしまった。

なくなったのは「○○屋さん」という名称だけではなく、パイプ椅子に座っていたおっちゃんやおばちゃんたちだった。いわゆる対面接客だ。
もちろん、スーパーマーケットにも店員やスタッフがいるのだけれど、みなギリギリの人員で働いているのかキリキリ動き回っていて、パイプ椅子にちょこんと座っている人はいない。当たり前だけど。

それが悪いのではなく、ただ、商品をお店の人(つまり「プロ」)に相談しながら、時には商品の選別まで任せてしまえるような日常の買い物がしにくくなった、つまりはそういう時代になったのだ、という少しノスタルジックな気持ちを思い起こされる、そんな不思議な効能を持った昔ながらの商店街が、自宅近くにある、というだけのことだ。